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魔界都市シリーズ

魔界都市・暗夜の旅人

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「夜のにおいがする・・」
彼は私を後ろから抱きしめ、私の髪に顔を埋めていた。
そして、くぐもった声で言った。
「酒、煙草、香水、そして・・血のにおいがする」
バーのカウンターのストゥールに腰かけたまま、私は答えた。
「『新宿』の匂いよ」
彼は顔を起こした。
「君も、あそこから来たのか」

渋谷の駅から少し離れ、立ち並ぶ邸宅を抜けると、魔法の様に現れる夜の為の店がある。門灯はあるが、金色に縁取られた店の名は闇に溶けたままだった。前に立つとマホガニーの扉が音もなく内側に開いた。 一人の黒人の女が無言のまま、客を奥へ案内する。 せせらぎの様に快い音楽が低く流れている。人影はあるのに気配は気にならない。深い夜を一人で或は二人で過ごす為の店。

飲み物を頼むと私はシガレットを取り出した。横からライターの火が差し出された。そのあまりのさりげなさに、余計な礼の言葉などかえって相手を哀しませそうな気がした。私は目顔で感謝を伝えた。男のグラスには琥珀色の液体が氷とともに揺れていた。
「これほど黒が似合う女性を見た事がない・・」
私は黙ったまま煙を吐き出した。
「出て来た甲斐があったというものだ」
男に不愉快な要素はなかった。外見はごく平凡で、ただどこか生気に欠けている。それで年齢不祥に見えるのだろう。夜には珍しい事ではない。夜は疲れ果てた人々の為にあるのだから。夜は有能な癒し手だ。私にはかなわないけれど。それ以上は言葉もなく、並んで腰掛けたままお互いに杯を重ねていた。

私は今日の患者の事を考えていた。『新宿』から持ち出された小動物を甘くみただけの話。そいつと融合してしまい、泣き叫ぶ中年女。馬鹿な女。女の脂肪太りの体よりも融合してしまった栗鼠の様な生き物の方が、よっぽど可愛げがあった。だが患者は患者、治療はしたけれど、法外な報酬がなければ遠出はごめんだ。

男が不意に私の手に触れた。
「この手で何が出来るんだい?今まで沢山の奴等を幸せにして来たのじゃないかな」
「そうね、そう通りかも」
私は今日の患者の事を思い出して薄く笑った。男はそれを自分への好意と勘違いしたらしい。私は抱きすくめられた。そして彼はつぶやいたのだ。夜のにおいがすると・・

「なぜ『区外』へ?」
「行きたい所へ行くのよ、私は」
「僕は外を見てみたかった」 
不意に開いた扉から冷気が流れ込んで来た。それは黒いコートをまとった天使の姿をしていた。白い顔は夜半の月の光を帯びている様であった。店内に感嘆のため息やざわめきが広がった。私はその白い顔を良く知っていた。
「迎えに来たよ」
のんびりとした声が言った。男は体を離したが、まだ私の肩に手を置いたままであった。
「私かしら」
天使は私の挑発に乗らなかった。ちょっと肩をすくめてみせただけであった。
「そこの人に用事があるんだ」
男はのろのろと私の肩から手をすべらせ、だらんと体の左右にたらした。
「もう時間切れか・・」
そちらへ歩みだそうとした男を、私は片手で押し止めた。
「この人は私が預るわ。あなたの雇い主にそう言っておいて」
男は驚いた様に私を見た。
「どうせ『時間切れ』なんでしょう?依頼主も嫌とは言わないでしょう、相手が私なら。あなたの料金は全額私持ち」
「あなたに嫌と言える男なんて、めったにいないよ。でもどうして薮医者の依頼とわかったのかなあ」
そのめったにいない男の一人が、お愛想のつもりか、そう言いながら笑顔を見せた。周囲のため息も更に深みを増した様であった。一人の女など、あの笑顔が自分に向けられたなら、そのまま死んでしまいかねない顔をしていた。
「私が誰だか、忘れたの?」
「そうだったね 『魔女医シビウ』」
マン・サーチャーは、悪びれずに答えた。黒い美影が去った後も、人々はその残像をそれぞれの脳裏に追う事に忙しかった。

「何をしたんだね」
白い医師が尋ねた。
「何も、当たり前の処置だけ」
常人にはたどり着けない病院の奥、その一部屋に私達はいた。あの男が手術台に横たわっていた。偽りの生を受けた人形。
「彼の記憶がすべて消去されていたが・・」
「ああ、そうなの。あなたの作り方がどこか悪かったんじゃないの、優等生さん」
白い顔は何の感情も示さなかった。
「残念ね、データが取れなくて」
「人に不幸を運んで来るのが、相変わらずお上手だ」
「不幸ですって。何が幸福で何が不幸かなんて、誰にもわからないものよ。苦しんで生きながらえるのが幸せ?微笑んだままあの世へ行ける事が不幸?」
「さて」
白いケープがゆらめいた。流れる黒髪は女の私ですらうらやむほどの艶を帯びていた。白い医師は手を伸ばし指輪をきらめかせた。宙に事務員の姿が浮かんだ。
「客人がお帰りになる。車を回してくれ」
一礼してその姿は消えた。
「またね、優等生さん」
幽かに弟弟子は眉根を寄せた。何かの思い出をたどるかの様に。
「夜のにおいがする」
多くの人間が天の啓示と思う声がそう言った。だが次の瞬間、何故私が笑い出したか、魔界医師といえども理解出来なかったろう。

あの男、私と共に一夜を過ごしここに帰りついた男。彼はもはや何もかも忘れ果てたまま、元の遺体の寄せ集めに戻っていた。彼は新宿を逃れ、やはり新宿の夜の中へ帰りついたのだ。

或は私という夜の中へ・・ 


(終)

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