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魔界都市シリーズ

魔界都市・真紅の楽園

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「そんな色じゃあ、ないんだ」
店員の薦めたネイルエナメルを見て僕は言った。
「でもお客様、こちらではこれが一番赤い色ですが」
「いや、いいんだ。ありがとう」
僕はデパートを後にした。

裏通りに入ると、夜道はさすがに静かだ。児童公園に差し掛かり、ある気配を感じて僕は立ち止まった。
「兄さん」
声は頭上からした。翼の影が僕の上に落ちた。黒い三揃いの青年が僕の前に立った。僕と良く似た面差しの青年が。
「何故、帰って来て下さらないんですか?」
僕は錆びたブランコに腰を下ろした。きいっときしむ音がした。抱えた紙袋ががさがさと音をたてた。次代の長である彼なのに、年長の従兄弟の僕には敬語を使う。礼儀正しい奴だ。夜香はぴんと伸ばした背筋のまま、ややためらいがちに言った。
「兄さんがどこにいるのかについて、悪い噂を聞きました」
「悪い噂?」
僕は笑って立ち上がった。
「お前の何倍も長く生きたんだ、しばらく自由にさせてくれ」
「わかりました」
夜香は一礼すると、夜空へ舞い上がった。

扉を開けると、ほのかな「禁猟(シャスガルデ)」の魅惑的な香りがひろがる。部屋の主はいなくとも、その香りが不在の隙間を埋めてくれる。ソファの前の小さなテーブルに、僕は紙袋の中身をぶちまけた。赤、赤、赤のエナメルがころがる。けれども、僕を満足させるものではない。

部屋の主が戻って来た。

彼女はソファに沈みこむと、強い紙巻きに火を着けた。その紙巻きの香りよりも香水よりも匂い立つ彼女の美は、嗅覚も視覚も何もかもをいっしょくたにして、至福を味わわせてしまうのだ。僕は高く組んだ彼女の足元に膝まづくと、その爪先を赤く彩る事に熱中し始めた。彼女は僕の好きにさせている。この小さな指のひとつに、どんな天才の彫刻もかなわない。造型の妙を僕はそこに見る。僕等一族は常の人間よりも美貌だとしても、この指ひとつにすらおよぶべき美は、いにしえから今日まで所有した事はない。

極上の白と極上の赤・・漆黒の影がそれを覆う時、僕は、僕が楽園にいる幸福に身をふるわせるのだ。たまらずに、華奢な足の甲に頬を押しあてると、彼女は天に向かって笑うのだ。彼女は乱暴に僕を蹴り上げる。暴力ですら、彼女は花を摘むのとさして変わらない優雅さで行なえるのだ。

細い人差し指を僕の裸の胸元に突きつけると、彼女はそのまま一筋の傷を僕に与える。真紅の流れが僕の肌の表面を伝っていく。 
「とてもきれいよ」
彼女は微笑する。血を糧とする僕に血を流させる、僕から血を奪う・・それが彼女の遊びなのだ。

血の匂いが僕の中の性を呼び覚ます。
僕の目が濁り、唇が捲り上がり、牙なす歯が剥き出しになる。
僕は乾きを癒したい欲求に耐えようと苦悶のうめきを上げる。

「欲しいの?」
彼女はわざと顔をそらし、白い喉をあらわに僕の目の前にさらしてみせるのだ。目眩がするこの一瞬・・僕が飛び掛かると、彼女はひらりと身を翻して高く笑うのだ。そして再び近づくと僕をもっと切り裂いていく。流れは幾筋も増え、僕は朱に染まっていく。血への欲求と痛みの中で、僕はいつもうわごとの様に繰り返すのだ。僕の血は総て君の物だ、最後の一滴まで君の物だ・・・と。

やがて僕は、彼女の生命の紅い流れを分けてもらう事が許される。暖かく僕の喉に流れる新鮮な生命を感じる。彼女の生命と僕の生命がひとつになる。この喜びは人には解るまい。長いおあずけの果てに、僕はようやく吸血鬼である愉悦に酔いしれる。

そして僕は知っている。この幸福が長くはない事も。

僕の血の最後の一滴、それが彼女のものとなる日は、もうそれほど遠くない。死こそが我らの真の幸福。どうか彼女を恨まないでと、皆に言っておこう。これは僕の意志、これは僕の最後の願いだと、僕は幸福だと。さようなら、我が一族よ。さようなら、我らを受け入れし異端の地よ。さようなら、僕を縛り付けて来た永遠よ。

.......................

月の細い夜、夜香は児童公園にたたずんでいた。従兄弟の使い魔の蝙蝠が伝言を運んで来た。一族にしか聴こえない伝言を。蝙蝠はその場で力尽きた。伝言に従い、夜香はこの場所へとやって来た。目の前のブランコは空だった。手紙はブランコの鎖に結び付けられていた。

夜香は広げた紙に目を落とした。

従兄弟の残した手紙の文章が、夜香の胸に重かった。あの魔女医に魅入られた従兄弟は、本当に幸福だったのであろうか。あの女に愛などあろうはずはない。彼女は従兄弟の血を何かに使う為に欲した、それだけだ。従兄弟は惜しみなくそれを与えた。彼は永遠よりもつかのまの幸福を選んだ。一族の時間は長い。従兄弟は生きる事に倦んでいた。それは責められない。

たとえ偽りであろうなかろうと、自分は幸福だったと言い切る従兄弟を夜香は少し羨ましく思った。夜香は手紙を丁重に折りたたむと懐にしまった。そして月を仰いだ夜香は漆黒の翼を広げて飛び立った。

ブランコが揺れた。きいっときしむ音がした。何度かゆれて、ブランコはそれきり二度と動かなかった。

(終)

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